[Novels]
かつてその地に、栄華を極めた種族が居た。
その名は、ヒト。
けれども、かの者らは結果的に滅ぼされた。
何故なら、かの者らは大地を穢そうとしたからだ。
投下されれば一瞬で地は焼け、生命は熱に溶かされ死に絶える、
原子爆弾という、おぞましい殺戮兵器で。
であるからしてかの者らは、竜の神に粛清されたのだ。
その神こそ、エールケディスの守護者チャリス。
故にチャリスは、今なお虚空を彷徨うあの大陸から、
エールケディスの大地を見守っている。
大地が二度と穢されぬよう、地に這う生命を監視しているのだ。
――プロローグ
[Short story]
花と少女と白猫パヌイ
Filorondiah and Pahnuy
「フィーは行かなくて良かったのかニャン?」
押し花で作った栞を、“フィー”ことフィロランディアは読みかけの魔法書に挿す。そして声の主──背中に生えた真っ白な鳥の翼を羽ばたかせる、パヌイという名のメスの白猫──を見やった。「いいの、べつに」
「素直じゃないニャね。本当はラジアメルスのことが心配なくせに」
「……ラジアメルスは、きっと大丈夫。リドゥイアスもいるから」
「フィーと違って、ラドゥイアゴスのような大魔法が使えないあの王子さまが、ラジアメルスを守れると思えるのニャ?」
「ラジアメルスは、強いから。魔法が苦手な分、あの子は王から剣術と銃の使い方を習ってる。それにリドゥイアスの魔法は、ルゼルアンドさまと系統が同じ。彼は攻の魔法は下手だけど、癒しの魔法の才能は本物だから」
「ラジアメルスはさておき、あのお馬鹿王子のことは過大評価しすぎじゃないのかニャ? 魔法は攻撃できてなんぼのもんニャ。それニャーのに」
「ラドゥイアゴスさまだったら、そんなことは言わない。力は正しく使うべきだわ。大魔法は死神が狩り損なった魔物にだけ使うべしって、一番最初に教えられるもの」
「ニャっふーん。……フィーは、ラドゥイアゴスのことが本当に好きニャのニャァ……」
ぱたぱたー……と忙しなく動くパヌイの翼は、フィロランディアの頬をぺちぺちと叩く。うざったそうにパヌイの翼を払いのけるフィロランディアは、閉じた分厚い魔法書の背表紙で、パヌイの小さな頭をごつんと叩いた。「イニャッ!!」
「パヌイ、しつこい。やめて」
「ゥニャァー。だって、ラジアメルスにはフィーが必要ニャー。今ニャらまだ船に乗る前ニャ。走れば間に合うニャ~よ~?」
「ラジアメルスは17歳。古代人だともう大人だって、ラドゥイアゴスさまから聞いた」
フィロランディアはもう一度、魔法書を振り上げる。すると長くて白い尻尾をブワァッと膨らませたパヌイは、椅子に座るフィロランディアの膝の上に降り、太股のうえで不貞腐れたように箱座りをした。それからパヌイは鼻たぶをぶぅんと膨らませると、ぷすぷすと悪態を連ねる。
「……ニャーは、ラジアメルスのこと、止めるべきだと思うんニャけどニャー……」
「そもそも、竜の方舟に行けるかも分からないのに。きっと無理だって言って、すぐ帰ってくるわ」
「……ニャーはそう思わないニャ。方舟の主、ジェドが裏で糸を引いてる。ジェドは絶対に、計画を遂行するニャ」
「……ジェドって、誰?」
パヌイの尻尾が、ぱたんと動き、フィロランディアのお腹を叩く。それ以上は聞くな。そういうことなのだろう。
フィロランディアはパヌイの頭を撫でながら、言った。
「……パヌイ、あなたのことがまるで分からない。あなたは何をどこまで知っているの?」
ラジアメルスとは、17年ほど前に空からイグレスラッド島に落ちてきた古代人の赤子だ。今では立派な青年に育ち、あれだけ小さかった背丈も、ついにフィロランディアを越えた。
そして黄金の王の寵愛を受け、リドゥイアスと育ち、フィロランディアに勉強を教わった青年は、自分の出自を探すという危険な旅に出ていった。空の上の大陸、竜の方舟に行くという旅に。
「……ともかく。私はラジアメルスは大丈夫だと思ってる。だってあの子は強いから」
鳥のように空を飛ぶ技術を、地を這う生命は持ち得ていない。竜神の眷属種の背に乗れば別だろうが、地上に3柱いる眷属たち──黒のカミラ、緑のリルフ、赤のベムド──はかれこれ2億年ほど空を飛んでいない。
太古の昔に滅んだ古代人たちは、飛行機という空を飛ぶ道具を持っていたそうだが……──高度な技術を持たない今の生命たちに、そんなものが作れるだろうか? とてもじゃないが、フィロランディアには可能だと思えなかった。
竜の方舟になんか、どうせ行けない。だからすぐ帰ってくる。そう思っていたフィロランディアは、ラジアメルスの身をさして心配していなかった。
だが、別の心配はあった。
「……問題は、リドゥイアスのほう。イグレスラッド島は王に守られているから、魔物が居ない。けど、島の外にはうじゃうじゃ居る」
フィロランディアは魔法書を開くと、“魔物憑き”に関する記述を見る。そして眉をひそめた。
「心の中に入り込み、心を犯す凶悪な魔物たちに、魔物と対峙したことがないリドゥイアスが耐えられるかどうか……」
※2024/11/19:サーバー移管に伴うサイト改装&再掲にあたり、表現を一部変更しました。