[Novels]

[Short story]

花と少女と白猫パヌイ

Filorondiah and Pahnuy


「フィーは行かなくて良かったのかニャン?」

 押し花で作った栞を、“フィー”ことフィロランディアは読みかけの魔法書に挿す。そして声の主──背中に生えた真っ白な鳥の翼を羽ばたかせる、パヌイという名のメスの白猫──を見やった。「いいの、べつに」

「素直じゃないニャね。本当はラジアメルスのことが心配なくせに」

「……ラジアメルスは、きっと大丈夫。リドゥイアスもいるから」

「フィーと違って、ラドゥイアゴスのような大魔法が使えないあの王子さまが、ラジアメルスを守れると思えるのニャ?」

「ラジアメルスは、強いから。魔法が苦手な分、あの子は王から剣術と銃の使い方を習ってる。それにリドゥイアスの魔法は、ルゼルアンドさまと系統が同じ。彼は攻の魔法は下手だけど、癒しの魔法の才能は本物だから」

「ラジアメルスはさておき、あのお馬鹿王子のことは過大評価しすぎじゃないのかニャ? 魔法は攻撃できてなんぼのもんニャ。それニャーのに」

「ラドゥイアゴスさまだったら、そんなことは言わない。力は正しく使うべきだわ。大魔法は死神が狩り損なった魔物にだけ使うべしって、一番最初に教えられるもの」

「ニャっふーん。……フィーは、ラドゥイアゴスのことが本当に好きニャのニャァ……」

 ぱたぱたー……と忙しなく動くパヌイの翼は、フィロランディアの頬をぺちぺちと叩く。うざったそうにパヌイの翼を払いのけるフィロランディアは、閉じた分厚い魔法書の背表紙で、パヌイの小さな頭をごつんと叩いた。「イニャッ!!」

「パヌイ、しつこい。やめて」

「ゥニャァー。だって、ラジアメルスにはフィーが必要ニャー。今ニャらまだ船に乗る前ニャ。走れば間に合うニャ~よ~?」

「ラジアメルスは17歳。古代人だともう大人だって、ラドゥイアゴスさまから聞いた」

 フィロランディアはもう一度、魔法書を振り上げる。すると長くて白い尻尾をブワァッと膨らませたパヌイは、椅子に座るフィロランディアの膝の上に降り、太股のうえで不貞腐れたように箱座りをした。それからパヌイは鼻たぶをぶぅんと膨らませると、ぷすぷすと悪態を連ねる。

「……ニャーは、ラジアメルスのこと、止めるべきだと思うんニャけどニャー……」

「そもそも、竜の方舟に行けるかも分からないのに。きっと無理だって言って、すぐ帰ってくるわ」

「……ニャーはそう思わないニャ。方舟の主、ジェドが裏で糸を引いてる。ジェドは絶対に、計画を遂行するニャ」

「……ジェドって、誰?」

 パヌイの尻尾が、ぱたんと動き、フィロランディアのお腹を叩く。それ以上は聞くな。そういうことなのだろう。

 フィロランディアはパヌイの頭を撫でながら、言った。

「……パヌイ、あなたのことがまるで分からない。あなたは何をどこまで知っているの?」

 ラジアメルスとは、17年ほど前に空からイグレスラッド島に落ちてきた古代人の赤子だ。今では立派な青年に育ち、あれだけ小さかった背丈も、ついにフィロランディアを越えた。

 そして黄金の王の寵愛を受け、リドゥイアスと育ち、フィロランディアに勉強を教わった青年は、自分の出自を探すという危険な旅に出ていった。空の上の大陸、竜の方舟に行くという旅に。

「……ともかく。私はラジアメルスは大丈夫だと思ってる。だってあの子は強いから」

 鳥のように空を飛ぶ技術を、地を這う生命は持ち得ていない。竜神の眷属種の背に乗れば別だろうが、地上に3柱いる眷属たち──黒のカミラ、緑のリルフ、赤のベムド──はかれこれ2億年ほど空を飛んでいない。

 太古の昔に滅んだ古代人たちは、飛行機という空を飛ぶ道具を持っていたそうだが……──高度な技術を持たない今の生命たちに、そんなものが作れるだろうか? とてもじゃないが、フィロランディアには可能だと思えなかった。

 竜の方舟になんか、どうせ行けない。だからすぐ帰ってくる。そう思っていたフィロランディアは、ラジアメルスの身をさして心配していなかった。

 だが、別の心配はあった。

「……問題は、リドゥイアスのほう。イグレスラッド島は王に守られているから、魔物が居ない。けど、島の外にはうじゃうじゃ居る」

 フィロランディアは魔法書を開くと、“魔物憑き”に関する記述を見る。そして眉をひそめた。

「心の中に入り込み、心を犯す凶悪な魔物たちに、魔物と対峙したことがないリドゥイアスが耐えられるかどうか……」

※2024/11/19:サーバー移管に伴うサイト改装&再掲にあたり、表現を一部変更しました。


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